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抑うつと休職で得たもの②~次のステップへの準備期間

薬物治療が始まってから一カ月くらいは何もする気がなく、薬で胃が荒れないように少しだけ食べ、トイレに行く以外は布団の上でひたすらダラダラ過ごしていました。

無論、部屋の中はカオス。服装も全く構わない。感情が消え、思考力が落ちているので、恥ずかしいだとか、嫌だとか思わないのです。

食べ物がなくなると、フラフラになりながらコンビニやスーパーに行くのですが、頭のもやもやは取れず、買うものを決断するのにすごく時間がかかりました。

今までできていたことができないのは、ひどく落ち込みます。

焦燥感に襲われたり、安楽死を考えたりして苦しくなると、前述の臨床心理士さんに言われた言葉を思い出して自分を肯定してみますが、うつ状態の急性期は、気持ちに逆らっても苦しさが増すだけでした。

考えない時間を作るために、ずっとテレビを見て、活字は頭がクラクラするので、マンガを読んでいました。

テレビはバラエティーばかり、マンガは手持ちのものを繰り返し読むほか、コンビニ版『ドラえもん』と『名探偵コナン』を読んでいました。

ストーリーが頭になかなか入ってこず、理解に普段の倍くらいかかりましたが、なにせ時間だけはあるので、無理する必要はありません。

傷病手当金で生活する身には、コンビニ版マンガは安くて最適です。

特に、『ドラえもん』は、ジャイアン風に言うと、弱っている「心の友」です。

サクサク読めるし、なんといっても、無心になれるところがいい。


治療から二カ月たつと、薬が効きだしたのか、気力が少しずつ湧いてきました。

身の回りのことができるって、すごいことなんだなと、改めて気づきました。

毎日テレビとマンガだけ。一見遊んでいるようにしか見えない生活ですが、いいリハビリだったようです。だんだん思考力が戻ってきました。

大人の感覚で読むと、藤子・F・不二雄先生の無限の想像力に驚かされます。


三カ月もすると、友達と合う気力が出て、時間が経過するごとに、活字を読む気力や、こうしてパソコンに向かう気力も出てきました。

ただ、体重が落ちたため、体力が極端に落ちてしまい、ちょっと出かけただけで疲れるし、睡眠導入剤がないと眠れない。

せっかく気力が出てきたのに、これは辛いです。

平穏な日常、まともに働いていれば得られるはずの収入、治療にかかる時間と費用、食や趣味や余暇を楽しむこと、信頼・・・。

多くのものを失ってしまいました。

もっとも辛いのが、対人恐怖になってしまったこと。こればかりは、薬ではどうにもなりません。

けれど、失ったものの代わりに得たものもある。

時間と可能性。これは、今の状態になっていなければ得られなかったものです。

B先輩や会社から慰謝料を取れないかと考えたりもしましたが、そんな労力と時間があるなら、たくさん小説を読む、情報を得る、ブログを書く・・・。今しかできないことやりたい。

無理に対人恐怖を拭わなくていいのではないか、これまでの価値観にとらわれず、自分に合った収入の得方を見つければいいのではないか。

次のステップのための思わぬ準備期間ができたと思えばいいのです。
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抑うつと休職で得たもの①~第三者からの肯定

HSPは、自己否定する傾向にあると言われています。

私は自己否定の塊だと思っていたのですが、それを証明するかのように、今年の2月23日に抑うつ状態と診断され、今でも休職しています。

もちろん、これは私個人の問題であり、自己否定感が強い人が、必ずしもうつになるということではありません。


うつになったのは、いろいろな要因が重なった結果だとは思いますが、直接の引き金になった要因は、二つありました。

第一の引き金は、人間関係の悪化です。

前述のAさんが退職する少し前の昨年6月末頃から、B先輩にわざと避けられたり、私だけきつい言い方をされたり、仕事で何かあると、みんなの前でも執拗に追及されるようになりました。

B先輩に対して萎縮してしまい、私にきつく当たる理由を聞くことができませんでしたが、思い当たるのが、Aさんに対する私の発言です。B先輩はAさんをかなり嫌っていて、おそらく私がAさんの肩をもったように感じたのでしょう。

B先輩に避けられるようになってから1カ月たった頃、突然、体調不良にみまわれました。

耳の閉塞感、喉の異物感、食欲不振、味覚異常、不眠、倦怠感。病院の検査で異常はないのに、症状は2カ月以上続きました。

Aさんが退職すると、B先輩の“敵”がいなくなったためか、私への態度が少し和らぎました。それに倣うように、私の体調も徐々によくなっていき、心療内科に行く必要はないと判断しました。

しかし、それは間違いでした。私の心はすでに限界だったのです。

もともと対人不安はありましたが、B先輩に避けられるようになってから、輪をかけて人が怖くなり、穏やかな人と話すのにも恐怖を感じるようになりました。

伝えるべきことをきちんと伝えられなくなり、誤解を受け、そのせいで誰かを傷つけていたとしても、訂正する気力もありませんでした。

仕事のことを聞くというほんの数分のことにも、大変な努力が必要になりました。

私は何カ月も、対人恐怖と極度の緊張状態で職場にいたのです。

そして、第二の引き金が突然やってきました。

今年の2月の人事異動によって、私の仕事はかなり影響をうけました。

その頃になると、メールや資料などの活字が頭に入ってこなくなり、ミーティングをしていても頭がぼうっとして、仕事にも集中できません。常に宙に浮いているような感覚でした。

『うつヌケ』という有名な漫画がありますが、その中に“脳が濁った寒天で包まれているような”という絶妙な表現があります。まさに、そんな状態でした。

何にも心が動かされない、何もやりたくない。そして、突然襲ってくる喪失感、焦燥感。

ここにきてようやく、心療内科の門を叩きました。

体が思うように動かず、ほとんど食事をせず、消えてしまいたい衝動に駆られ、身も心も憔悴しきっていたのに、どこかでホッとしている自分もいました。もう、職場の人とかかわらなくていいからです。


抑うつ状態、うつ病は、心の弱い人がなるものではありません。条件がそろってしまえば、誰でもなりうるものです。

その引き金は、他人から見たらささいなことかもしれません。それでも、当人にしてみれば、大きな負担なのです。

特にHSPは、他人からの影響を受けやすいので、日ごろから負担を軽くするような方法を身につける必要があると思います。

そのひとつの方法として、第三者から肯定されることがあげられます。

実は、心療内科に行く前に、会社で契約している臨床心理士のカウンセリングを受けていました。

すべて話したあと、臨床心理士さんは、おっしゃいました。

「あなたは、間違っていない」

自分を責めてばかりいた私にとって、大切な言葉になりました。
プロフィール

YOU-KI

Author:YOU-KI
HSP・エンパス気質です。
2014年1月に円形脱毛症を発症、2、3カ月で全身に広がり、汎発型に。2018年2月には、抑うつ状態と診断されました。
いろいろ起こるけど、気質と関係あるのかな?という疑問や体験を発信中。

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